尾道じゃけえ、許しちゃる!!

国家試験免除です。

2日間で取れます。

2級船舶免許です。

なぜか、我が郷土、尾道海技学院は許されるみたいですが、なぜでしょう?なので、取得率100%!!
なので、関東からも多くの方々が合宿で取りに来られるようです。噂では”キムタク”も来たとか・・・
でもこれは信憑性は薄そう。

以前も書きましたが、瀬戸内海の無人島キャンプ&海水浴が、目下最大の趣味的目標!

あと、レンタルボートも尾道の対岸の向島にありました。向島ドック フェアウィンド
全国にも、たくさんレンタルボート屋さんってあるんですね。

楽しくなってきた!!

尾道の原点に返ろう

「尾道の原点に返ろう」

これは、昭和50年、住友銀行(現三井住友銀行)伊部恭之助頭取が、当時ある不良債権問題を収拾しようとしたとき、国内、外の責任者に発した言葉らしいです。

尾道って昔は、商業、金融の街だったらしいです。ほんとかなあ?

住友銀行と尾道は、実は古くは、密接な関係があったのです。

住友家が銀行を興ずるきっかけになったのは、当時の住友家「上村」尾道支店長の呼びかけにより、明治28年に第一回住友家重役会議、後に「尾道会議」と呼ばれた会議によるものだったらしい。

そして、明治28年11月1日に住友銀行が創業され、なんと初の支店は明治28年12月1日に尾道に出店されました。

尾道は、その昔は九州、四国と阪神を結ぶ航路の物資調達の要衡の地として栄えた街だったようです。
古くは、室町時代には、足利尊氏は戦いに敗れ、京都から九州に下る際、尾道に立ち寄り、また、京都に攻め上がる時にも尾道に立ち寄ったとか。

言わば場所が良かったということなのでしょうか?

やはり、「商売?」は、
・場所
・時代
・人
なのでしょうか?

吉和太鼓踊り

尾道の西側、海沿いの地域を吉和といいます。私の生まれ育った街です。
そこに室町時代から伝わる「吉和太鼓踊り」という祭りがあります。
毎年、8月に2日間ほど行われていて、今年は何十年ぶりに見る事ができました。
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それは、阿波踊りのような、テンポ感や、賑やかさはなく、なんともゆる〜い感じなのですが、それがまた尾道らしくていいんです。
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朝から、町中を練り歩きます。こんな細い路地でも踊っちゃいます。なんとも絵になります。来年はカメラを持って帰って撮ってみます。
よく、「絵の街、尾道」といいますが、「絵になる街、尾道」のほうが近いかな。

尾道ではこう言います

尾道というか、その中でも私の出身地域は「吉和(よしわ)」と言いまして、漁師町で多少、ガラの良い?所なのですが、方言も結構凄いものがあります。

子供のころ近所でいたずら遊びをしていると、近所のおばあちゃんやおじいちゃんに、

「このクソダァーコボ!そこで何シャーガリョンニャ?ソギャーナ事して、キャーなりゃせまーが、オーキューなったらナンギューしょうど!!」

ええっと、微妙なイントネーションをお伝えできないのが非常に残念なのですが、和訳?しますと、

「このクソガキども、そこで何やってんだ?そんな事してどうするんだ?(何のためになるんだとも解釈できます)、大きくなったら苦労するぞ!!」

となんともありがたいお言葉なのです。

そういわれても、キッズはやめる訳もなく、

「ジャカンシー、くそババー」

と、僕は言いませんでしたが、友達が言ってました。

尾道(吉和)弁講座でした。

尾道の事教えちゃいます!

ここのところ、実家の尾道に帰ることが多く、その際に尾道に関する記事を書くと、アクセス数が普段の1.5倍位になります。

この現象、素直に魅力ある尾道ゆえと解釈し、尾道記事をなるべく書いて行こうと思います。

しかし、私は東京在住、尾道には18歳までしか暮らしておらず、それから早20年が経過しています。今の尾道のことに関しては観光客同然。
今の尾道を紹介するのではなく、僕の中の尾道を紹介していきます。

ちょっとがっかりしました?

「尾道」いい名前だと思いませんか?
由来は、ご想像通り、尻尾のような細くて、長い道が多い街という事からです。目の前は「海」、背中は「山」。ちょっと長崎に似た感じです。(だからか、私は長崎出身の方とは気が合います。)

その昔、どの時代かは分かりませんが「鶴湾(つるわん)」と呼ばれていたらしいです。目の前に広がる尾道水道(川のような海です)が、「鶴」が羽を広げた時の形によく似ていたかららしいです。どちらにしても細長いということです。

「鶴湾」もいい名前ですね。

ところで尾道の方、コメントちょうだいやぁ!!